学問のすすめ

ビジネスパーソンは経営学を学べ

 あなたが、ビジネスを遂行する高い能力を持ちたいと願うのであれば、経営学の体系と主要なフレームワークを習得することをお勧めしたい。現場で経験を重ねていくだけでは、有能なビジネスマンになることは一部の天才を除き非常に難しいからです。
 少し極端ですが例え話をしてみましょう。こんなシーンを考えてください。もしあなたが『ケンカに負けないよう強くなりたい』と切望したら、何に取り組むでしょうか?

ぶざまな負け
ぶざまに負けてゴミのように捨てられて

 想像してみてください。あなた(男性)が彼女とのデート中に繁華街でチンピラ数人に因縁をつけられて絡まれたとしましょう。かなりの格闘技経験者でもない限り、数人の男たちを相手に彼女を守って戦い抜くことは難しいでしょう。あなたは彼女の前で殴られ、踏みつけられ、屈辱的な思いをさせられたとしましょう。
 あなたは屈辱を晴らすため、そして彼女を守るために、再び暴漢に襲われても対処できるように強くなろうと決心をしたとします。筋力トレーニングはもちろんのことですが、格闘に勝つための術(ワザ)を身につけなければなりません。どうやって技を体得すれば良いのでしょうか?
 術を体得し磨くために、あなたは繁華街で強そうな相手を見つけて挑戦し、場数を踏み、実践による経験の蓄積で闘い方をマスターして強くなるような取り組みをするのでしょうか? マンガや映画の主人公のように経験値を積み上げてストリートファイターとして成長していくことができればカッコいいのですが、果たしてそんな方法で本当に強くなれるでしょうか?


 答えはノーです。柔道でも空手でもレスリングでもボクシングでも、その道に入門すれば、まず、体系付けられた基本動作を徹底的に体に叩き込むことから開始することになります。いわゆる形を学ぶのです。


柔道の型
強くなるには形を学ぶことから

 形には先人の様々な知恵が詰まっています。自分も闘う相手も人間である以上、動きには制限があります。人間はマンガや映画のように3mものジャンプすることなどできません。腕の届く範囲にも、脚を回す範囲にも速度にも強度にも限界があるのです。そうした条件の中でいかに効率的に体を動かすことで、相手を上回ることができるかを追求し続けた経験則が格闘技の形の中には蓄積されているのです。数々の取り組みの中で吟味され淘汰されたものが形として伝えられているのです。
 一方、形を学ばないままの現場仕込みで経験を重ねるケンカ殺法であっても、ある程度のレベルには達することはできるでしょう。もしかしたらマンガのように、“街一番のスゴ腕の男”と恐れられるようになることはできるかもしれません。実際に柔道の練習には、形と乱取の2つの方法があります。形だけではなく、臨機応変に戦って経験を積み上げることも重要であるのです。しかし、よほど例外的な天才でもない限り、場当たり的に経験を積んできただけでは、形を身につけた格闘家に対して歯がたたないでしょう。



 ビジネスの世界でも事情は同じです。現場の場数を踏んで強くなると言う方法を完全に否定することはしませんが、その方法では限界があることは確かです。だから、ビジネスの世界で強くなろうと思ったら、先人の知恵が詰め込まれた、体系付けられた『ビジネスの形』をまず学ぶことから取り組むことが、ビジネスの世界で強くなるための現実的な方法です。
 あなたがビジネスパーソンとして強くなりたいのであれば、是非、ビジネスの道場に入門して『ビジネスの形』の基礎は学ぶべし。


本サイトを読んでもらいたい方

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 本書は、主に以下の方々を対象として記述をしています。
 少なくとも社会経験を10年以上持つビジネスマンで、プロジェクトの1つや2つをやり遂げたことのある人達。その達成感を持ちつつ、社会や組織の力を知ると同時に、一方で矛盾や課題を経験している人達です。
 社会経験が浅い場合は経営学を知識として知ることはできても、実際に活かせるように習得することは難しいでしょう。それは座学だけで水泳を習得することが難しいことと似ています。水に身を委ねて浮力を体感し、時には溺れそうになって必死の思いで泳ごうと、もがいた経験のあるような人でなければ、水泳を習得することは難しいことと似たようなものです。
 また、問題意識を持っていない人にも、経営学の数々のフレームワークの理解をしてもらうことは難しい。実際の仕事の現場で、挫折したり、衝突したりした経験のある人だからこそ、フレームワークの有効性やフレームワークの限界を理解できるようになるのです。
 その一方で問題意識ばかりのネガティブ思考の人であっても困ります。夢をもって何かを実現したいと心から願っている人であることが望まれます。そういう人は、目的を達するために様々なフレームワークを試そうとするであろうし、さらに、まだ確立されていない新たな手法さえも仮説を導出して目的を達成しようと挑戦するでしょう。経営学は先人の知恵が結集したものではありますが、ビジネスの世界は常に進化しており、過去の研究成果だけでは、今の動き、そして今後の動きを把握することには限界があるのです。だから夢の具現化に向けて探究する姿勢を持っている人は、より深く経営学の知見を習得して活用できるようになるでしょう。

経営学の科学的な意味

台風進路予想
天気予報の有効性

 経営学は社会科学に属します。社会科学は自然科学と異なり、因果関係が確実に約束できる保証がある理論とはなりません。自然科学であれば、オームの法則のように与件から結果が必ず予想できますが、社会科学は異なります。また、社会科学は実証実験も困難であることも多いのです。従って、経営学で確立されている著名な理論に従って経営を進めても理論通りの成果を確実に収められる保証はありません。不確実性を含む予想しか導出できません。
 では、そんな確実性に乏しい経営学が実際に役に立たないのかと言えば、そうではありません。正確な予想ができず、降水確率60%と発表されるような天気予報であっても、我々の日常生活には大いに役立っています。あるいは台風の進路予想も曖昧性を含んだ予想円という形で進路が発表されますが、そうした曖昧な情報でもそれを根拠として多くの人命や財産を守ることに貢献しています。
 天気予報の例にも似て、経営学の数々のフレームワークを理解し様々なケースを掌握することは、自らが経営に関わる事業やプロジェクトを成功に導く確率を高めることに繋がります。あるいは逆に、事業やプロジェクトを失敗に導いてしまうことを避ける確率を高めることができるのです。


チームで戦うならば

 さらに、経営学を習得して同程度のリテラシーを持つメンバー同士であれば、論理的・科学的な議論を行うことができるようになることも重要です。複数で(チームで)戦うことができれば、個人の力を越えた能力を発揮することもできるのです。

オリンピックスタジアム
建築家の共通の言葉

 例えば、東京オリンピックのメインスタジアムのような大規模な建築物の設計と工事において、設計士達が建築物の図面を見ながら議論が行えるのは、その背景に参加するメンバー達に建築学の教育があるからです。たとえ民族、習慣、言語が違う設計士でも、お互いに建築学という議論するための共通の言葉があります。
 それに対し、腕とカンで経験を蓄積して育ってき大工の棟梁の場合は、様々な経験は持っているかもしれませんが、オリンピックスタジアムの工法、耐久性、安全性を集まって議論することはできないでしょう。それぞれの経験に従った主観的な意見を交わすことに留まらざるをえないでしょう。
 カンと経験のぶつかり合いではなく、論理的に議論を進めることができる点でも、経営学は科学的な意味を持つ学問であるのるのです。チームで仕事をするならば、意見を戦わせる手段が必要で、経営学の「理論」と「フレームワーク」はその基礎となるものでもあるのです。


愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、ビスマルクの名言です。ビスマルクは、『経験を軽視せよ』と言っているのではありません。この名言は、自分達の経験よりも、先人の失敗事例を良く把握して、自分の決断の判断材料にすることの重要性を語ったものとされています。
 経営学は、多くの企業の成功と失敗を分析して、成功のパターンや失敗のパターンを導き出す学問です。経営学のフレームワークを身につけることは、まさに歴史を学ぶことに繋がります。また、経営学ではケーススタディを学ぶことも重視されています。これは実在する企業における取り組みの成功と失敗の軌跡を振り返ることです。まさに歴史に学ぶという行為そのものです。賢者になる方法の一つと言えるでしょう。

 なぜ経験にもとづく判断ではいけないのでしょうか? 例えば、あなたの組織の経営幹部は、自分の成功経験、失敗経験を元に判断を下していたとしましょう。今の経営状況が、彼がかつて成功を収めた時と経営を取り巻く環境が同一であれば、彼が指示する方法は新商品・新規事業を成功に導いてくれる可能性も高いことでしょう。しかし、経営を取り巻く環境が変化していた場合、彼の経験にもとづく判断を行うことは大きな失敗を招きかねません。
 環境の変化が緩やかな業界であれば、経験にもとづく判断を下す方法でも大過なく仕事を進めることができました。数十年前の日本は、今に比べれば穏やかな時代で、多くの業界の変化は今よりも緩やかでした。こうした時代は、先輩の知恵を学べば良かったのです。上司に付き合って居酒屋で、上司の武勇伝を聴くこともそれなりに意味があったのです。

飲み屋で上司の武勇伝を聞く
飲み屋で上司の武勇伝を聞く

 しかし、現在の日本のビジネスシーンは、多くの業界でビジネスの構造が容赦なくダイナミックにどんどん変化する時代です。10年前の成功パターンなど通用しないようなシーンがあちらこちらで見られます。 例えば、iPhoneの登場後5年足らずで、日本の携帯電話メーカーはほぼ全滅となってしまいました。携帯電話ばかりではありません。オーディオ機器は既にiPhone以前のiPadにて市場を奪われ、今は小型のデジタルスチルカメラがiPhoneを筆頭とするスマートホンに市場を奪われつつあります。 エレクトロニクス業界のみならず、非常に多くの分野がスマートホンの急速な普及で激変しています。朝の通勤電車の車内の風景はこの5年で一変してしまいました。音楽や書籍の販売モデルも大きく変化していますし、さらには、服、靴、カバンなどの衣料品から生活雑貨に至るまで、インターネットショップの影響を受けるようになりました。 通勤しながらショッピングや居酒屋の選択をすることができるようになったことの影響は多方面に及んでいます。個人が常に携帯するスマートホンから簡単に商品の検索&比較&予約&購買ができるようになって、様々なサービス業界における消費者の行動も変わろうとしています。
 このように変化が生じている業界においては、過去の成功体験をベースにして経営判断をすることは適切とは言えません。諸先輩の方々が過去に成功した武勇伝は、もう通用しない状況になっている可能性が高いのです。 だからこそ、これからビジネスを担う次世代のメンバーは、経験に足場を置く「愚者」ではなく、歴史から学ぶ「賢者」であって欲しい。そして、ビジネスパーソンが「賢者」になる有効な方法の一つが経営学の知見を身につけることです。これだけでは必要十分条件とはなりませんが、必要条件であるとは確実に言えるでしょう。